| OURS感想 |
| 2007 5月号 |
書店でOURSのこの表紙を見た瞬間、 物語はあと3、40ページしかないとわかっているのに 泡のように小さな期待がいくつも湧いてきました。 そしてそれと同時に、 ここに並んだ姿も笑顔も、 もう本編とは別次元のものなのだという 踏ん切りというか、思い切りもつきました。 こうしてページをめくるのもこれが最後かと思うと 名残惜しくて、表紙だけを随分ながく眺めてから 読み始めました。 涙は出ませんでした。 最後の作業として読み終えたという事実だけがあるような、 平静な読後感でした。 感想、といっても、言葉が何の意味を持つだろう? シャボン玉がストローを離れた瞬間のように 物語は一つの形に完結して、 私達ができることはもうなにもない。 飛んでいくシャボン玉の姿を見送るばかり。 もう手は届かないんだなあ… もちろん描かれていない部分を想像や希望や妄想(!)で 補完することはできるけれど、 それはドキドキハラハラしながら膨らむのを見守っていた あのシャボン玉そのものではないわけです。 感想を書く気にならなかったし、その必要もないと思ってました。 でもこうして日が経って落ち着いてみると なんだかねえ、ちょっと美味しいお酒でも飲みたいような気分。 娘の結婚式が終わった夜の父親気分ってやつなのか?(たぶん違う) これがホームドラマなら 「かーさん、アイツいい顔で笑ってたなあ…」と呟くところでしょうが 「お酒、つきあいますよ」と言ってくれる女房もいないので こうしてまたとりとめなくも綴るのでしょう。 最終回、読み終えました。 最後の感想です。 ****** 無印の頃やマキシマム一巻を思い起こさせる冒頭シーン。 こういう荒れた町の雰囲気、大好き。 ナイブズの手配書の写真はどうやって作ったんだろか? 音声で流れる 「地球連邦治安維持軍」という単語だけで あの星がいまどうなってるのかがそれとなくわかるところ。 「BIG PLANT DOME」によって この星の生活は維持されることになったんだなあ。 人類のプラント搾取問題にどんな折り合いをつけるのかと 興味があったけれど、そこはスルーでした。 元の状態に戻っただけなのかな。 プラント機構の管理運営に関して、 よりよい技術とか開発されてたらいいなあ… プラント数が増えたなら酷使されることは減るだろうか。 以前よりもプラントの待遇が良くなってると嬉しいなあ。 一方で、プラント枯渇の恐れがなくなったからって プラントを大切にする気持ちが薄れたりはしませんように。 心残りなのはワムズについてですかね。 プラントについては背景として描かれただけでも 想像するよすがになるけれど、 虫たちはどうなったのかは触れられていません。 人類が増えれば彼らの棲家となる砂漠も減るだろうし、 生活環境も圧迫されるかもしれない。 ナイブズの敗北、人類の存続を 苦々しく思っている唯一の存在でしょう。 地球での過ちのように、絶滅動物とかにならなければいいな。 そのあたりは人類が学習しているといいなあ。 ナイブズとヴァッシュを助けた医者親子、 最終回ギリギリで登場したキャラクターでしたが、 矜持のある、いい味のでてるおっさんでしたね。 坊主もかわいかった。 オクトヴァーンから飛び去った二人が辿りついたということは、 あの時オクトヴァーンに避難していなかったということだよね。 (地元の教会に残って、逃げられない人たちを診てあげてたとか?) (出逢った時も白衣を着ていたようだし) ということはプラントの羽根のヴィジョンも見てないし ナイブズ・ヴァッシュのことも全く知らないまま、 それでも受け入れたんだろうなあ。 ヴァッシュが最後に会った人間がいいヒトでよかったなあ…なんて 思いながら読んでました。 そうそこ。 ああヴァッシュ生きててよかった!!!! もうそれで他の気がかりなことが飛んじゃうくらい安堵しました。 下ろした黒髪は結構、かなり、好き。 その普通っぽい服装も。 そのほんにゃりした笑顔も。 よく見るとなんと眉毛まで黒いのでした。 そこまで黒髪化しているのに生きていられることは、 プラントとしての力だけを使い切ったということなんでしょうか? ヒトの肉体としてならまだ生きられるのかな… そう思いたいです。 少しでも長い時間がヴァッシュに残されていると嬉しい。 ナイブズが人間に必死に頭を下げて ヴァッシュを助けてくれと頼んだのだという描写は とてもとても切なかった。 人類抹殺を願っていた彼が初対面の人間にそこまでするなんて、 どんな気持ちだったろう。 ナイブズ自身、自分の体を保つので精一杯なのに 瀕死のヴァッシュの傷を懸命に塞いで、 でも自分の力ではそこまでしかできなくて。 憎むべき人間の力に縋ってでも ヴァッシュを生かしてやりたいという気持ちを思うと ナイブズの愛情の深さは哀しくなるほどです。 人間に頭をさげたのは、もちろん ナイブズが心を入れ替えたとかだとは思いません。 自分の無力さから他力に縋るしかない屈辱、 それでもなんとかしたいと願う気持ち、 そういうものが彼の心をかき乱しただろうと思います。 でも、たった一人の弟の命を託す。 大切なものを失いたくない、 そう願う瞬間は 人類とかプラントとか過去とか意地とか誇りとか そういうのはすべて消えてしまって、 ただただ助けてほしいと縋るような気持ちだけに 動かされたんじゃないかと思うのです。 それは人類がプラントに縋ったのと同じ気持ちじゃないかな。 大切なものを守りたいという気持ちを ナイブズが初めて抱いたこの時、 ようやくそれが意味をもって浮き上がるなんて、切ない。 ヴァッシュを託すときのナイブズの言葉は 「こいつはあんた達に必要な男だ」、です。 そこが考えさせられる。 これまでだったら人間なんか 「おまえら虫けらども」呼ばわりでもおかしくないのに 「あんた達」って呼びかけている。 ナイブズのなかで何かが動いたということですよね。 でもそれは、人間を許したからではないと思います。 ナイブズ自身が語ったように、 選択を過ちと認めることは自分自身が許さないと思うから。 彼を縛っていた過去や憎悪や葛藤が解けて、 素のナイブズが現れたのかもしれないなあ… (小さい頃の、心優しい、人懐こいナイブズが思い浮かびます) あんた達人間にとって必要な男だから。 俺のたった一人の弟だから、ではないんですよね。 人間は利用価値のあると思えば助けるだろう、という蔑みの見方だと 悪意をもって裏読みすることもできるけれども、 私がこの言葉から感じたのは ヴァッシュを助ける理由は狭い兄弟愛からだけでは ないんじゃないかなあということです。 ヴァッシュと人間の繋がり、 「人間を信じる」というヴァッシュの気持ちが本物なのだということが ナイブズに伝わったのでしょう。 人間達にはプラントが必要で、 プラントも結局は人間の手を求めて、ナイブズの元を去った。 ヴァッシュも人間という存在を求めている。 人間達にとってヴァッシュのような存在はどうなのか? そういうことをナイブズ自身が見渡して、悟って、 そこから出てきた言葉なんじゃないかと思えます。 ナイブズは、自分達のような存在を 人間が受け入れられるわけがない、と考えていました。 それを曲げて、人間にヴァッシュを託すのです。 弟には人間が必要で、 それはもう愚かしいほどなんだけれど、 そんな弟を受け入れてやってほしいと 人間に訴えたのだと思うと、 本当に本当に切なくなるほどナイブズは優しい兄貴だと思うのです。 そして悲しくなります。 誰かを必要とし、必要とされて一緒に暮らすことが幸せなのだと ナイブズが気づいたのだとしても、 彼の孤独は癒されないもの。 ナイブズが去ったのはヴァッシュがある程度 (少なくとも意識が戻って会話ができるくらいには) 回復してからなのでしょう。 それまではナイブズも医者親子のもとに身を寄せていた。 そのあいだ、人間の生活を見て、なにを感じたのかなあ。 なにを考えただろうか。 ナイブズは林檎の木を残していきました。 髪はもちろん黒く染まっているし、頬もこけていた。 小さい木を作るだけでも命を削ったことだろう。 (窓の外に見える林檎の木はだいぶ大きくなったように見えます) (半年ではそんなに伸びないだろうとは思うけれど) 残るヴァッシュのため、というだけでなく 医者親子のためにという気持ちだと思います。 立ち去ろうとするナイブズを気にかけて 坊主はヴァッシュを呼びにいこうとする。 その背中を眺めるナイブズの心のうちにはなにがあったのか。 そこにはもう透明なものしか 残っていなかったんじゃないのかなあ。 人間の良さを知ったとか、人間への考えが改まったとか 劇的変化があったとは思いません。 きっと葛藤としこりを抱いたままだったでしょう。 そんなに簡単に心が変われるならば、きっと苦しまない。 でも僅かながらも、雨の雫が石を穿つくらいには、 ナイブズに沁みるものがあったらいいなあと願っています。 ナイブズの姿が消えてしまった描写は いろんな読み取り方ができる感じですね。 身体が崩壊して消滅したとも、どこかへ立ち去っただけとも思えて 私の中ではまだ定まっていません。 自律プラントとはいえ例え死んだとしても 肉体を構成する物質は残るはずだし、どうなのかなあ… このまま死んでしまうなんてあんまり切なくて、 どこかでひっそりと人間とプラントを見守りながら 生き長らえてくれたらいいなあと思うけれども、 もうナイブズは疲れきってしまっているだろうとも思う。 休ませてあげたい気持ちも同じくらいにあります。 誰かを憎むのは心も身体も擦り減らすもの。 安らかで穏やかな眠りが彼に与えられますように。 ナイブズがヴァッシュの傷を治したということは ヴァッシュにナイブズのエネルギーが 伝わったということだよね。 それがヴァッシュの中でナイブズが生き続けるということだったら いいなあと思っています。 この医者親子のもと、 2人が共に過ごしたのはごく短い期間だったろうけれど、 でもそんな時間がもててよかった。 悲劇に---過ちとは言いたくない---引き裂かれた2人だったけれど やっと兄弟に戻れたのだったらいいなあ。 そうだったらとても嬉しい。 ナイブズのことを思うヴァッシュの表情は辛い。 簡単に飲み込めることじゃないものね。 お前はもう十分頑張った、と医者に言われても ナイブズとの別れはヴァッシュにとって望んだ結末かどうか。 ありがとう、の笑顔はやっぱりまだ「灰色」の笑みです。 それでもお前はよくやった、という言葉は優しい。 この半年、ヴァッシュにとっては辛かったと思います。 失ったものを思い返す時間。 自分の選択を振り返る時間。 でも心を癒す日々を半年過ごせたのです。 いいヒトに逢えてよかったね。 迷惑をかけまいと逃げるヴァッシュです。トカゲ可愛い。 が、事態急変。 父ちゃん大丈夫?!! (このあたりから嫌な予感が) そこに降ってくる紅いコートのとんがらがり頭の男です。 えええ、最終回ってこんな感じになるのおおオオ?? ここまで超絶しんみりしてたのに!! まさかドタバタでゴチャゴチャでイザコザな展開が ここで待っていたなんて。 やられました。 変装してロハスロハスに生きたいっていうとこ、 ものすっごい楽しかったです。 最終回で笑っていいのかと思うくらい。 賞金稼ぎがゴロゴロしてる程度の治安なのだなー 地球軍もこの星の住民には手を焼いているんでしょうね。 投降を呼びかける治安維持部隊の隊員が ハウリング起こすマイクでテストしたり、 「…と思ったが何か嫌な予感がするので」って突入決定したり、 賞金稼ぎたちと口汚く罵りあったり、 こういうとこ、かなり好き。 やっぱりどこで生まれても育っても結局は同じ「人類」で、 変わりゃしないって感じがして。 ノーマンズランド生まれも、地球からの手に助けられたからって 変に媚びたりしてないし。 タマ無し・ウラナリ、原住民・サル・野蛮人と 貶しあってるのもなんだかんだいって微笑ましい。 先月の感想にも書いたけれど、 新人類もニュータイプもいない、 ただの生身の人間、 哺乳類サル目ヒト科ヒト属ホモサピエンスの物語。 それが嬉しいのでした。 (でも喧嘩をやめて〜二人をとめて〜って) (わかる世代は限られると思います先生) そこにミリメリ登場で ヴァッシュを追いかけるトライアングル完成。 怒った顔のメリルと笑顔全開のミリイが ヴァッシュを追いかける。 重そうだった銃器はカメラとマイクに変わったけど、 無印の頃の三人みたいで、 やっぱりミリメリはこうじゃなくちゃ!と思うのです。 しんみりしてるのより、ずっと似合うもの。 これからは保険屋さんズじゃなくて、 なんて呼べばいいんだ…取材屋さんズ…? 皆殺しの歌に匹敵するインパクトですね、特番のオープニング。 是が非でも見たいです。 特にヴァッシュたんのポロリ。 これまではラジオメインだったのに TVの波及は凄いなー、たった半年なのにさ。 (でも街頭TVって感じだからまだまだ高級品なんだろうな) 生中継でヴァッシュの元気な姿が星中に届けられました。 ネオン様はきっとこんなご時勢でも相変わらずの盗賊家業で、 ボク様は町のバーで働きながら約束通りリイナたちを守っていて、 バドウィックは家族と一緒にジオ・プラントを育てているのだろうし、 リヴィオは髪も伸び、教会に戻って孤児院を見守って暮らしている。 悪党くずれの二人も酒と音楽を頼りに元気にやっているんだなあ、 娘の仇をとれなかったあのおじさんも無事に暮らしてるんだなあ、 クロニカはこの星に留まって責務を果たしているんだなあ。 無印の頃の懐かしい顔も マキシマムになってからのあの顔も もう一度見ることができて嬉しいです。 人間が俺達のような存在を受け入れると思うか? 血まなこになり集団で縊り殺しに来るだろう。 そんなナイブズの問いかけに もしもそうなったら僕は急いで逃げよう、 そしてまたほとぼりが冷めたら静かに寄りそうよ。 そうヴァッシュは答えました。 今、みんながヴァッシュを求めて、追いかけてる。 逃げてもきっとこの世の果てまで追いかけてくる。 ヴァッシュが自分の足で歩いて、出逢って、 触れ合ってきた人たちが、彼を求めています。 もちろんそこには治安維持軍や賞金稼ぎたちも含まれるし、 ロストジュライでヴァッシュを恨む人も 方舟事件の憎しみをヴァッシュにむける人もいるかもしれない。 でも生きるってことは誰かと関わりあうということで、 いろんな立場の、考え方の人がいるからには 嫌われたり否定されたり排除されることも当然あって、 過去はなかったことにできないし罪も消せない。 世界中の人に好きになってもらおうと願う贅沢はできない。 でも自分を変えることはできる。 やり直すこともできる。 許すこともできる。 未来がある。 なにもかも違ってみえても、最後の最後は同じ人間で。 ネオンとバド・ラド盗賊団、カイト、 バドウィックの家族、ネブラスカファミリー、 リイナとばあちゃん、ボク様、ホランド親子、 シップの仲間達、リヴィオ、教会の子供達、 悪党くずれ、クロニカ、治安維持軍、賞金稼ぎ。 それから、コマには描かれていなくても、 TVに映るヴァッシュを見ているだろうたくさんの人たち。 懐かしく愛おしい顔を見ていると、 物語の中で何度も繰り返し語られてきたメッセージが 浮かび上がってきます。 ヴァッシュが歩いてきた、タフで優しい、愛すべき日々が溢れてきて、 大きな流れみたいになって、 それが一気に解放されるのが見開きのこの青い空。 ヴァッシュの笑顔。 私の気持ちもこの空に吸い込まれるような、 この星の風に乗るような、心地よさ。 ヴァッシュを追いかけるテランとノーマンズランダの後姿。 同じ人類のうた。 物語の最初と最後がリンクします。 でも完結して閉じているのではなくて、 日々はずっと続いていくという暗示。 ミリメリが中継しているTV画像が切れる、みたいな 終わらない終わり方なのでした。 それでも小さく、「完」の文字。 エンドマークです。 ****** ここからは同人描きの戯言です。 リヴィオの前にあるのはやっぱりウルフウッドの墓で、 TV中継を見る人々のなかに彼の姿はなくて、 そしてヴァッシュのこれからの日々に ウルフウッドは、やっぱり、いないのです。 でもそれを寂しいという気持ちでは見ていませんでした。 先月号を読んで、自分の中で線をひいたのだと思います。 ウルフウッドは決して生き返らない。 ウルフウッドの幻は、ヴァッシュに会いにこない。 ヴァッシュもそれを求めない。 2人の間に何もなくても(第三の眼)で捜し出して火をつける、 それが腐女子パワーだと思っています。 それができないってじゃあWVスキーを卒業したのか っていうとそれは違うんです。 全てやりとげた明日を この男と共にわかちあいたい--- その「明日」を迎えたのに、ウルフウッドは隣にいません。 幻をみることができたのはリヴィオでした。 リヴィオはウルフウッドの許しを求めていたからこそ 見ることができたのでしょう。 ヴァッシュはどうかな…幻など求めていない気がする。 ふらりと一瞬だけ姿を見せてくれるような そんな救いや癒しをヴァッシュに与えてあげたい という気持ちも、もちろんあります。 教会の墓前に会いにいくストーリも与えてあげたい。 煙草の匂いにくらりとしたり、黒服を目で追ったり、 西のスラングにはっとするようなヴァッシュも見てみたい。 ヴァッシュの最期にはもう一度会わせてあげたい。 でもそれはあくまで「私」が見たい癒されたいというだけで、 この最終回の笑顔のヴァッシュには そういうものは必要ないという気がしています。 自分の信念をかけたギリギリのあの一瞬に ウルフウッドが思い浮かんだ、 それが最上最高の幻です。 とびきりの存在なんです。 それ以外の幻なんて必要ないと思うくらい。 ヴァッシュにはもう、 ナイブズもウルフウッドもいない。 決して孤独ではないけれど、 生きて歩いていく目標となるもの、明日を分かち合うべきものを 失ってしまった。 それはとてもとても大きくて、 なにか別のもので埋め合わせられるものではなくて。 でも日々は続いていて。 幻とか慰めとか、それがどれほど足しになるだろうか… WとVの物語が好きで、 2人の幸せを願ってきたからこそなのかもしれないけれど、 自分が寂しい物足りない気持ちのままに ヴァッシュにあれこれしてあげたくなってしまうのが なんだか申し訳なくなってしまうのでした。 ヴァッシュだって頑張って笑ってるのに! とかなんとか言って、時間が経って落ち着いてきたら やりたい放題しちゃうかもですけど。(正直) 先月、今月を見届けた状態の私は、少なくとも今は、 何も付け足さず、そっとしておいてあげたい。 私の中のウルフウッドやヴァッシュが こうしたいああしたいと言い出したら、 その時サイドストーリや妄想話を綴ってあげたいのです。 いや、後者ばっかりでしょうけども。(正直) ****** 初めて読んだコミックスはまだ無印のもので、 1998年4月からの深夜アニメを見るのが楽しくて、 その年の8月に原作の「命くれたる」の回を読んで もうどうしようもなくなって、 赤と黒になにもかも染まってしまって… この物語を追いかけて、もう9年にもなるんだなあ。 私にもいろんなことがあったなーと振り返ると空恐ろしくなるくらい。 あの年、あの月、あの日の自分の過去に スケールとして「TRIGUN」がありました。 これからの私の人生にはその刻みはなくなります。 ある意味では寂しく、心許なく、 ある意味では解放された気持ち。 いつかは、この作品を愛おしく思った日々も記憶も おぼろげになっていくのでしょう。 それでも、とある物語、そしてそこに描かれるキャラクターたちに ここまで心を捧げた時間が持てたことは 本当に幸せなことでした。 (まだ単行本が出るし、再アニメ化の話もあるし) (過去形にするのは早いかもしれないけれども) (やはり「完」は打たれているのです) そして、同じ作品を追いかけて一喜一憂した トライガン同志のみなさんは 私にとって大切な宝物でした。 長い期間のうちには、いろんな理由から この物語を追いかけることをやめた人も当然いました。 それを見送るのは寂しく、その反面どこかで羨ましくもありました。 この物語を、正直に言えばヴァッシュとウルフウッドを、 見ているのが辛かったことも事実です。 どうしようもなく振り回されて、 自分に言い訳して、目を瞑って耳をふさいだこともありました。 でもそれを乗り越えて今日まで来れたのは、 一人じゃないんだなあと思えたからです。 直接会って言葉を交わし、励ましあったりした仲間はもちろん、 たとえ一度も出逢えていなくても、 この空の下のどこかに同志がいてくれる、 そう思えたことだけでどれだけ救われたか。 そういう結びつきというか、信頼感というか… もちろん一方的になんだけれど、 絆のようなものを感じさせてくれたすべてのものとすべての人に 心から感謝します。 一緒にこの最後の日を迎えられてよかった。 「分かちあう」ってこんな感じなのかな。 同志のみなさんに心から伝えたいです。 ありがとうございました。 |